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生態生薬学(ecological pharmacognosy)

牡 蠣 (ボレイ)・ 龍 骨(リュウコツ)

 [ボレイ]
[薬用部位] Ostrea gigas Thunb.(カキ)の貝殻
[起 源] 温帯~冷帯の海岸の岩場や浅瀬で、潮の干満によって水中に没したり、陸上になったりする汽水域でやや富栄養化した波のおだやかな場所を好むイタボガキ科の二枚貝です。 カキは決まった形態をしていないために分類方法に諸説があり、形態で行う分類がはっきりしていません。
[成 分] CaCO₃,CaPO₄,CaSiO₃
      K ,Na,Fe,SO₄,SiO₃,Cl、タンパク質、アミノ酸
[用 途] 薬用(制酸剤、鎮静剤、漢方薬用)、食品添加物

 [リュウコツ]
[薬用部位] Antilopinae(レイヨウ亜科)、Camelidae(ラクダ科)(ラクダ)、Elephantidae(ゾウ科)、Equidae(ウマ科)(三趾馬)、Rhinocerotidae(犀牛)、その他各諸属多種の化石
[起 源] 体重が重く、行動範囲が大きく、骨への加重負荷の大きい大型哺乳動物の化石骨
[成 分] CaCO₃,CaPO₄,CaSiO₃,K ,Na,I,Fe,SO₄,SiO₃,hydroxyapatite
[用 途] 薬用(心悸亢進、不眠、鎮静、遺精、漢方薬用)

[薬 能] これらの生薬は成分的には主成分がカルシウム塩であり、微量ミネラルの違いにこだわると双方の生薬ともに産地の違いと生薬自身の特性などの区別が不明瞭になってしまいます。 また漢方家においてはほぼ古典の記載をまるまる鵜呑みにしている状態なので、古典の記載をそのまま知識にしているだけです。 これでは両者の違いにこだわって漢方処方に配剤する理由が全くわかりません。

 このような場合に便利なツールとして利用できるのが「生態生薬学」です。

 まずはボレイについてですが、カキはイタボガキ科に属する汽水域~海生の二枚貝です。 一般に目にするのは養殖品の二枚貝で1枚が大きく凹み、もう1枚がこれを平らに蓋をする形状になったものが有名ですが、天然のカキは元来岩場の凹みにはまり込んで不定形に生育するために決まった形がありません。 このため形態で分類する分類学においては大変やっかいな生物で、変種・亜種などでは学術見解が不定で統一された生物学的な分類がありません。

 またカキはアサリやハマグリなどのようにしきりに動き回ることのできる足を持たず(正確には足が小さすぎて移動する能力がない)、吸盤状のアワビのように岩場にしがみついて動き回る筋肉もなく、一か所に固定的に生育するので基本的に移動することができません。 したがって岩場などと一体化して固定した場所で海水から酸素と栄養分を濾し取って生活しています。

 またカキは種類にもよりますが基本的には川の河口付近など富栄養化した汽水域の波打ち際を好み、生活雑排水を栄養源として生きているので、その浄化作用が近年大変注目されています。 近年汚濁化の著しい瀬戸内海において、広島湾では他の瀬戸内海地域に比べて特に水質がよく透明度も高い現象が知られていますが、これは盛んなカキ養殖による水質浄化作用によるものであるとされています。 また潮の干満により水位が変わるので、海中に没する時間帯と大気にさらされる時間帯という不安定な毎日を生活しています。

 海中に没する満潮時などの時間帯には海水を濾過して酸素や栄養分を濾し取って生活していますが、反対に干潮時など水中でなく大気中に曝された時間帯には、水中の溶存酸素もないので酸素を使用した呼吸もできません。 一般に二枚貝の多くは水中から離れると呼吸ができないので、せいぜい二日ほどしか生きられませんが、カキは大量に蓄えたグリコーゲンを利用して解糖系代謝(無酸素代謝)を行うことができるので1週間から10日前後も生きることができます。

 古人は何故このカキに注目したのでしょうか? それはその生態を考慮すればわかります。 カキは1日のうちでも海中に没する時間と大気中に曝される時間の双方の激しい環境変化に適応し、また水質の汚れた(富栄養化した)水中を好み、その極めて強力な水質浄化作用を発揮して、海水を浄化しながら生きています。

 以前夏休みの暑い時期に日本三景の松島に行った時、岸壁の波打ち際に張り付いている大量のカキを取ろうとして熱くてとても掴めなかったことがあります。 また動くことのできないカキは冬の厳寒期には手が凍りつくような波打ち際でも打ち付ける冷たい波に耐えて生育することができます。 このことからカキは季節変動で0℃~50℃前後の温度差、毎日の日較差でも20℃~30℃の温度差に耐えて代謝を行うことができる能力のあることが最大の特徴です。

 カキのもうひとつの特徴は何といってもその強力な水質浄化作用です。 わずか1個のカキで1日に400Lもの海水を浄化することが知られていますが、古人はその水質浄化能力に目をつけたに違いありません。 さらにカキの生育する汽水域は海水と淡水の混ざり具合が潮の干満で1日に2回変動するため、塩分濃度も大きく変動するので浸透圧も対応して変動させて代謝を行っています。

 以上を総合して考察すると、カキは富栄養化で汚濁した環境で、温度と浸透圧・酸素濃度等の毎日起こる激しい変化を克服して生活する強力な代謝能力のあることがわかり、薬用となる殻の部分にはこれらの激しい変動を克服しながらミネラル代謝を持続的に行いながら大きくなってゆく作用のあることがわかります。

 これらのことからボレイには体内の富栄養化して汚濁化した血流中において、代謝が不安定なために温度やpHのほか酸素分圧などが不安定になっている組織や器官の主としてミネラル代謝を安定に持続化させる作用のあることがわかります。

 もうひとつ漢方家が解説を嫌がるリュウコツです。 リュウコツは大型哺乳類の化石化した骨ですが、注目しなければならないのは大型哺乳類と指定していることです。 中国ではゾウ・サイ・三趾馬(現在は絶滅したひづめが3本の大型の古代ウマ)など大型の哺乳類というだけで特定されていません。 今日でも中国で薬用として珍重されるココツ(虎骨:現在は絶滅危惧種のため流通しているほとんどがニセモノ)がありますが、古人がこれら大型の哺乳類にこだわる理由は何でしょうか?

 それは骨にかかる体重負荷です。 古人は大型哺乳類を観察してその骨の丈夫さに気がついたのです。 中国からシベリアに生息するアムールトラで考察してみましょう。 アムールトラは体長2.5~3m前後で体重200~300kg前後とされています。 体重を250kgと仮定すると4本足のトラの1本の足にかかる体重はおよそ60kgと足1本にヒトの成人男子の平均体重(単純計算でヒトの約2倍)がかかっている計算になります。 さらに注目すべきはその生態です。

 トラの生態はヒト昔前の動物園でないと感じとることができないかもしれません。 ひと昔前野生から檻に入れられたトラは滅多にジッとすることなく檻の中を歩き続けたものでしたが、現在のトラはすべて動物園で産まれた個体なのでこのような野生の性質を持ち合わせていません。 野生のアムールトラは1辺が約20km四方の400~500km²ほどをなわばりとする習性を持ち、特にオスはなわばりを守るため、このなわばりの縁に沿って毎日必ず20~30kmも歩くといわれています。

 これがゾウになると種類と季節にもよりますが1日に100km前後も歩くことが知られています(体重4~5t なので足1本にかかる体重は約1t )。 サイについての生態は諸説ありますが、巨体(体重2tなので足1本にかかる体重は約0.5t)が1日に数km~十数kmも移動するとやはり骨にかかる負荷は大変大きいものがあります。 これら大型哺乳類の毎日足の筋肉と骨にかかる負荷やストレスはさらに数倍になり、血流不全やそれに伴って発生する活性酸素を克服して代謝を行っていることがわかります。

 漢方を学んだ方ならおわかりかと思いますが、古人は病邪は皮膚から入って筋肉に及び、最終的には骨に及ぶものと考えていましたから、毎日長距離を歩くこれらの大型哺乳類が暑さ・寒さに負けることなく病気ひとつしないことは大変不思議に思ったに違いありません。 このような観察眼から大型哺乳動物をリュウコツという薬物として選定したはずであることがわかります。

 以上のことからリュウコツとは、暑さや寒さのほか過労やストレスなどによる血流不全で発生する活性酸素を消去して造血機能など骨髄中の血流や代謝を維持する能力のあることがわかり、ボレイよりもやや炎症性を帯びた病症に適応することがわかります。

 ボレイとリュウコツはよくペアで使用されますが、血液の汚濁や血流不全などが原因の病状(代謝)の不安定さによる寒熱の交錯などに適応するボレイに加えて、過労やストレスによる慢性的な代謝の不安定さが加わった場合にリュウコツを加えるべきであるものと考えられ、リュウコツの適応症の方が不安定な代謝が慢性化して体内に排熱できない代謝熱がこもっているものと考えられます。

2012/01/07